EV時代においても、ポルシェは「走る歓び」を追求し続けています。タイカンのサウンドデザインは、静寂を受け入れるのではなく、感性に訴える“音の演出”でドライバーと車の一体感を生み出す試みです。この記事では、ブランド哲学に基づくその音作りの背景と魅力に迫ります。
タイカンのサウンドデザイン
ポルシェ初のフル電動スポーツカー「タイカン」におけるサウンドデザインは、単なる機能の一部ではなく、ブランド哲学を反映した表現手段として設計されています。
EVであるタイカンは、内燃機関車のようなエンジンサウンドを持たず、静寂そのものがデフォルトとも言えます。しかしポルシェは、この“静けさ”をそのまま受け入れるのではなく、「意志を持った音」を創造することを選びました。
サウンドの設計は、アコースティックエンジニアとサウンドデザイナーの共同作業によって進められました。彼らはタイカンのモーター音、インバーターのうなり、ギアチェンジによるわずかな振動など、EV特有の音の素材をベースに、「走りの質感」を表現する音を構築していきました。
特に「Porsche Electric Sport Sound」と呼ばれる専用サウンドは、速度や加速、車両の負荷変化に応じてダイナミックに変化します。人工的で不自然な音にならないよう、実際に車両が発するサウンドをもとに音響処理を加え、まるで機械が生きているかのような印象を作り出しています。
このようにして生まれた音は、ただの“エフェクト”ではなく、ドライバーの操作や車体の挙動に忠実にリンクしており、無意識のうちに車との一体感を深めてくれる存在です。
ポルシェサウンドの継承とEVへの応用
ポルシェが持つ音の遺伝子は、911をはじめとするスポーツカーの歴史の中で培われてきました。そのエンジン音は、ただの機械音ではなく、ドライバーの感性を刺激する重要な要素として受け継がれてきました。
タイカンでは、その「感性に訴える音」の精神を、EVという新たなステージに適応させています。従来のエンジンサウンドの模倣ではなく、電動化時代にふさわしい“新しい本物の音”を目指したことが、ポルシェらしさを保つ鍵となっています。
これは、EVだから静かでいい、という考え方とは真逆のアプローチです。ドライバーがアクセルを踏んだ瞬間、車体からわずかに響く音は、鼓動のようにその瞬間を支配します。スピードが増すにつれて音も重厚になり、まるで車がドライバーの意思を読み取っているかのようです。
このような音のデザインは、単なる演出にとどまらず、ポルシェのブランドの核心にある「走る歓び」をEVでも表現するための重要なツールなのです。技術による再現ではなく、哲学による進化。それが、タイカンに込められた音の真意です。
ドライバーを魅了する音響体験の創造
タイカンが放つサウンドは、単なる移動のBGMではなく、ドライバーとの対話を実現するコミュニケーションツールでもあります。
たとえば加速時の唸るような低音は、高揚感を生み、減速時の静かなフェードは、緊張からの解放を演出します。これはまるで映画のサウンドトラックのように、感情の起伏に寄り添う構造になっているのです。
さらに注目すべきは、車内と車外で異なるサウンド体験を設計している点です。車内ではドライバーの操作性や没入感を重視したチューニングがされており、外部には歩行者への安全性を考慮した音が響くようになっています。
この二重構造のサウンドデザインにより、ドライバーは感覚的に車との一体感を得られつつ、周囲への配慮も両立できるという、現代的なEV哲学が表現されています。
加えて、走行中の「音の変化」は、無意識下での情報伝達手段として機能します。たとえばモーターへの負荷が変わったことを耳で察知することで、ドライバーは自然と運転スタイルを調整するようになります。
このような音の工夫が、五感すべてを使って走りを感じ取るという“ポルシェらしさ”を支えているのです。
EV時代におけるスポーツカーの魅力とは、加速や最高速度だけでは語れません。いかに心を動かす体験をつくれるか——そのために、ポルシェは音という新たな表現手段に真剣に向き合っています。